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札幌地方裁判所 平成6年(ワ)1916号 判決 1998年3月13日

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

川村昭範

右訴訟復代理人弁護士

橋場弘之

被告

医療法人札幌中央病院

(以下「被告中央病院」という。)

右代表者理事長

須田義雄

右訴訟代理人弁護士

能登要

右訴訟復代理人弁護士

磯田丈弘

右訴訟代理人弁護士

大久保誠

被告

恵庭第一病院こと中西浩二

(以下「被告第一病院」という。)

右訴訟代理人弁護士

曽根理之

被告

篠島宗一

(以下「被告篠島」という。)

右訴訟代理人弁護士

本田勇

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して、

(一)  被告篠島は、一一三六万九二八二円及びこれに対する平成三年九月九日から、

(二)  被告中央病院は、九〇九万五四二五円及びこれに対する平成三年九月九日から、

(三)  被告第一病院は、二二七万三八五六円及びこれに対する平成四年六月二五日から、

それぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、

(一)  原告に生じたものの九分の一、被告篠島に生じたものの五分の一、被告中央病院に生じたものの一〇分の一、及び被告第一病院に生じたものの三〇分の一を原告の、

(二)  原告に生じたものの一五分の四、及び被告篠島に生じたものの五分の四を被告篠島の、

(三)  原告に生じたものの一〇分の三、及び被告中央病院に生じたものの一〇分の九を被告中央病院の、

(四)  原告に生じたものの九〇分の二九、及び被告第一病院に生じたものの三〇分の二九を被告第一病院の、

各負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、連帯して、八二九一万一五六四円及びこれに対する、平成三年九月九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

原告は、良性の肝血管腫を患っていたところ、平成三年九月九日、被告中央病院の医師であった被告篠島によって、悪性腫瘍の肝転移と誤った診断をされ、その旨告知された上、その指示のもとに、被告中央病院及びその後被告篠島が勤務するようになった被告第一病院で抗癌剤投与の治療を受けたことにより労働能力を一〇〇パーセント喪失したと主張して、被告篠島には不法行為に基づき、被告中央病院及び同第一病院には使用者責任(民法七一五条一項)ないし診療契約上の債務不履行に基づき、連帯して、逸失利益及び慰藉料等の損害賠償として合計八二九一万一五六四円及びこれに対する悪性腫瘍の肝転移である旨告知された日である平成三年九月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求めている事案である。

一  前提となる事実(争いのある事実についてのみ証拠を掲記する。)

1  当事者

(一) 原告は、昭和二九年一月一七日生まれの女性で、二六歳で卵巣、二八歳で卵管、三二歳で子宮の各摘出手術を受けた既往歴を有する。

(二) 被告中央病院は札幌中央病院の名称で病院を経営する医療法人であり、被告第一病院は恵庭第一病院の名称で医療行為を行っている個人病院である。

(三) 被告篠島は、昭和五三年一一月から平成三年一二月三一日まで被告中央病院に、平成四年一月一日から同年三月三一日まで医療法人財団敬和会時計台病院に、同年四月一日から平成六年一〇月三一日まで被告第一病院に、それぞれ勤務し(被告篠島)、この間に被告中央病院及び同第一病院で原告を診断治療した。

2  本件の経過

(一) 原告は、平成三年八月二二日、嘔気を伴う心窩部痛を訴え、被告中央病院に来院し(甲六の2)、同日、被告中央病院との間で右症状の原因診断及び治療を目的とする診療契約を締結した。

(二) 同日、被告中央病院の外来において、前仏郁夫医師(同病院副院長、腹部外科の主任《被告篠島》。以下「前仏医師」という。)が、原告に対し、腹部超音波検査及び腹部造影CT検査を施行したところ(CT検査に際して造影剤を注入したことにつき、乙イ一)、肝臓の四か所(S2、S4、S6、S8)に明らかな腫瘍像が現認され、そのうちの一個(S8)は白っぽく典型的な血管腫の像を呈していたが、他の三個(以下「本件腫瘍」という。)は黒っぽく悪性の腫瘍が疑われたほか、膵臓にも腫瘍を疑わせる影(像)が確認された(本件腫瘍の態様及び膵臓の影について、被告篠島、弁論の全趣旨)。また、同日、前仏医師は、腫瘍マーカー試験(αフェトプロティン、CEA、CA一九―九)及び血液生化学検査を実施している。

(三) 平成三年九月二日、原告が失神発作を訴えて被告中央病院に来院し、依然として心窩部痛のあることを訴えたため、前仏医師は、胃ファイバースコープ検査(GF)を実施したが、同検査の結果に異常所見は見られなかった。また、同日、前仏医師は、腫瘍マーカー試験(CA一二五、CA一五―三、SCC。甲六の3)を実施している。

(四) このころ、前仏医師は、原告の肝臓に四個の腫瘍があること、原告は婦人科で卵巣・卵管・子宮の各摘出手術をした既往歴を有すること、原告の膵臓にも腫瘍を疑わせる異常な影があることなどから、本件腫瘍は、悪性腫瘍による肝転移の可能性が高いと診断し、入院の上、再度検査・治療する必要があると判断し、その旨を被告篠島に申し送るとともに(被告篠島、弁論の全趣旨)、原告に対し「肝癌で非常に悪い状態、膵臓末端にも一部手術の必要な部位がある。肝臓にチュービィングして抗癌剤を注入する予定である」旨を告げ、入院を促した(甲六の13、三七、四一)。

(五) 被告篠島は、平成三年九月九日、入院のため(甲三七、四一)被告中央病院に来院した原告に対し、「肝臓に癌がある。膵臓の部分が原発なのか、以前の卵巣腫瘍からの転移かは分からない。今後、開腹手術をしても延命、肝癌の改善はあまり期待できない。一概には言えないが抗癌剤治療を行えば、一年半から二年は生きられる」旨を告げて、抗癌剤を使用した治療を行うことについて原告の了解を得た(甲六の13、三七)。

(六) 原告は、平成三年九月九日、被告中央病院の消化器外科病棟に入院したが、同月二一日、今どうしてもやらなければならない他の用事があるといって、一時退院した。

(七) 原告は、平成三年九月三〇日、被告中央病院に再入院し、被告篠島医師の指示のもと、同年一〇月七日から四週間を一クール(周期)として三クールを行う抗癌剤治療を受けた(この間に投与された抗癌剤は別紙一[省略]のとおり[編注・マイトマイシンC、塩酸ピラルビシン、シスプラチン、エトポンド、ドキシフルリジン]。投与された抗癌剤につき甲八の9・10)。

(1) 第一クール(同年一〇月七日から同年一一月一日)

(2)第二クール(同年一一月一四日から同年一二月九日)

(3) 第三クール(同年一二月二四日から平成四年一月一六日)

なお、入院後の腫瘍マーカー試験の所見は、正常値を示しており、右抗癌剤治療後のCT所見では、二クール目終了後に腫瘍の縮小が認められたが、三クール目終了後には二クール前とほぼ同様となっていた(甲八の17、一一)。

(八) 原告は、平成四年一月二一日、被告中央病院を退院した。

(九) 原告は、平成四年六月二五日、篠島医師が転勤した先である被告第一病院を訪れて同人の診察を受け、同日、被告第一病院との間で、被告中央病院での診断治療後の診断治療を行うことを目的とする診療契約を締結した(診療契約締結の日について甲七〇の1)。

(一〇) 被告篠島は、平成四年六月二五日から平成五年八月三〇日まで被告第一病院において原告を診断治療したが、本件腫瘍は卵巣腫瘍肝転移の末期癌であるとの診断のもとに、原告に対し、別紙二[省略]のとおり抗癌剤[編注・エトポンド、ドキシフルリジン、テガフールウラシル]の投与を続けた(甲七〇の3ないし9)。

(一一) 被告篠島は、平成五年三月一五日から一八日まで、原告を被告第一病院に入院させて、腹部造影CT検査を施行したところ、本件腫瘍が血管と同じ染まり方(濃度)をしたことから、本件腫瘍を血管腫とみても矛盾がないとの心証を抱いた(甲七〇の7、被告篠島)。

更に、被告篠島は、平成五年六月二日、原告に対し、腹部CT検査を施行したところ、CT画像上、本件腫瘍に変化のないこと、膵臓に腫瘍が確認されなかったことから、本件腫瘍が転移性の腫瘍であることは疑わしく(つまり、肝原発の腫瘍である可能性が大きく)、血管腫の可能性が大きいとの心証を抱いた(甲七〇の8、被告篠島)。

(一二) 原告は、原告肩書住所地を管轄する手稲区役所から自宅に近い病院で治療することを勧められ、平成五年八月二四日、手稲渓仁会病院(以下「渓仁会病院」という。)で受診した(診断名:多発性転移性肝癌)(甲一〇、原告)。

(一三) 渓仁会病院では、経過観察のため、超音波検査、単純CT検査、血液検査を施行していたが、同年一〇月と一二月にCT検査を施行したところ(甲七一の49、50)、肝の異常がほとんど進行していないことが確認され、一般的な癌の所見とは矛盾するため、診断の見直しが必要と判断し、平成六年一月一三日から同月三一日まで、原告を入院させて検査を行い(甲七一の24ないし39)、次のとおりの検査結果を得て、本件腫瘍は、肝血管腫であるとの確定診断に達した(甲一〇、証人安藤精章)。

(1) 同月一四日のCT検査の結果は、強化(造影)CT検査で、本件腫瘍が低濃度(law density)、周辺部はまだらに斑状をなす染まり方を示し、単純CT検査では、本件腫瘍が全体に低濃度(law density)をなす状態で検出され、本件腫瘍を血管腫とみて矛盾のない所見であった(甲一〇、七一の2・12)。

(2) 同月一九日に施行された超音波検査の結果は、本件腫瘍はすべて辺縁に帯を有しているものの、カメレオンサインを有することが確認されており、血管腫であるとみて矛盾のない所見であり、膵臓にも異常のないことが確認された(甲七一の4・12・16)。

(3) 同月二〇日に施行された腹腔鏡下の肉眼的観察の結果、肝表面内側に一つ、外側に二つの典型的な肝血管腫が確認され、本件腫瘍は良性の肝血管腫であると確定診断し、その場で、原告に対して、「これは血管腫という良性腫瘍で、切除の必要もなく、放置しておいてよい腫瘍である」旨の説明がなされた(甲一〇、七一の5・14)。

(4) 同月二八日に施行されたMRI検査の結果も、肝臓に確認された六個の腫瘍はいずれも、T1強調画像で低信号域、T2強調画像で高信号域として検出され、血管腫とみて矛盾のないものであった(甲七一の12・19)。

二  争点

1  責任原因の存否

2  因果関係

3  損害の有無、数額

三  争点に対する当事者双方の主張の要旨

1  責任原因の存否

(一) 原告の主張

被告篠島は被告中央病院及び被告第一病院の勤務医であり、平成三年九月九日以降の原告に対する診断及び治療行為を適切に行う右各被告病院の履行補助者としての契約上の義務があるのに、これを怠り、漫然と診断した結果、単なる血管腫を肝性癌と誤診し、右誤診に基づき、原告に余命一年ないし一年半と告げた上、必要のない大量の抗癌剤を投与した過失がある。

(二) 被告らの主張

被告篠島が、悪性腫瘍を疑い、悪性腫瘍を前提とする治療を行い、その結果良性腫瘍と判明したことは、医療の立場として順当な判断であった。すなわち、CT検査の結果、原告の肝臓に四個の腫瘍の存在が確認されていたところ、そのうちの一個は、良性の血管腫と診断されたものの、残りの三個(本件腫瘍)はCT検査、超音波検査、腫瘍マーカー試験、血液生化学検査によっても、良性腫瘍か悪性腫瘍かの区別がつかなかった。このように、腫瘍の良性・悪性の確定が得られない場合は、これを良性として放置するより悪性として治療し、その経過及び結果により逆に悪性を否定するという診断法(治療を兼ねる)は、以前から確立された治療方法であり、本件の被告篠島の原告に対する治療行為は、この治療方法に従ったものである。

更に本件では、肝臓に複数の腫瘍の存在が確認されており、その形態上でも転移性の腫瘍であることがうかがわれた上、膵臓に腫瘍を疑わせる異常な影があり、原告は婦人科で卵巣・卵管・子宮の各摘出手術をした既往歴を有していたのであるから、本件腫瘍は、膵臓や婦人科疾患の遺残の転移(悪性腫瘍)であることが強く疑われる状況にあった。他方、良性の肝腫瘍である肝血管腫は、多くは単発性のものである上、それのみでは疼痛はないのに、本件では、肝臓に複数の腫瘍が存在し、かつ、頻回に腹痛を強く訴えていたので、被告篠島は、肝血管腫の可能性を除外したのである。しかも、本件腫瘍の超音波検査にあらわれたエコー像は、黒っぽいもので、定型的な肝血管腫の特長を備えないものであった。

なお、原告の主張する腹腔鏡検査は、診断上不可欠である場合は少ない上、必ずしも無侵襲というわけではなく術者の技術の熟達が要求されるため、北海道内では、限られた施設を除いて、一般的に行われていないものであり、被告らが右検査をしないことをもって過失とすることは不当である。

以上の次第であるから、悪性腫瘍を前提とする治療方法を選択したことにも十分合理的な理由があり、被告篠島の原告に対する診断及び治療行為は、許された正当な医療行為であって過失はない。

(三) 原告の反論

(1) 血管腫と転移性悪性腫瘍(癌)との鑑別方法とその難易度について

イ 被告らの主張は、本件腫瘍を転移性の悪性腫瘍である可能性を否定できないと診断したことを前提に、診断的治療を選択したことに合理性があったとするものであるが、本件で問われるべきは、本件腫瘍が転移性の悪性腫瘍であったか否かの鑑別診断がなされていたか否かである。

ロ ある疾患が悪性腫瘍であるかどうかは、そうでない場合と比べて、早期治療の必要、治療方法の選択、投薬剤による副作用を含めてその他あらゆる面において極めて重大な差異をもたらすものであるから、早期発見の必要はあるものの、その診断は慎重でなければならず、医師が当該疾患につき臨床所見によって悪性腫瘍を疑診した場合は、医学的に可能な限り各種の検査方法を駆使して真実悪性腫瘍であるかどうかを解明し、その結果に基づき適切な治療を実施すべき注意義務がある。

ハ しかるに、被告篠島は、右注意義務を怠り、本件腫瘍が肝臓原発の肝血管腫である可能性を否定する十分な医学的所見が得られていなかったにもかかわらず、肝血管腫の可能性を安易に否定し、本件海綿状肝血管腫(肝臓原発の良性腫瘍)を転移性悪性腫瘍つまり膵尾部癌及び同肝転移と誤診し、右の誤った確定診断を維持し続けた。

ニ 海綿状肝血管腫は、肝臓の充実性の良性腫瘍としては最も頻度が高く、人口の一から二パーセントに認められるとされており、臨床的には血管腫と他の悪性腫瘍をいかに正確に鑑別するかが最も重要な課題となっており、一般的な鑑別診断方法・基準として次のことが指摘され、周知のものとなってから久しい(甲一二)。海面状肝血管腫は、腫瘍径が二から三センチメートル以下の場合には超音波で均一な高エコー、MRIのT2強調で著明な高信号域として検出され、脂肪変性を伴った肝細胞癌とはMRI像が異なる。大きくなると、内部に硝子化や繊維化を伴うため不均一になることもあるが、ダイナミックCTで腫瘍の辺縁から中心に向かって広がり、遅い相まで持続する造影効果が認められれば確診できる。また、肝動脈造影では造影剤のたまりがみられる。MRIのT2強調像における腫瘍と肝臓の信号強度の差や、緩和時間の一つであるT2値が血管腫と肝細胞癌との鑑別に有用である(血管腫で信号強度の差が大きく、T2値の延長がある)。以上のとおり、造影CT及びMRIなどの検査方法により、肝血管腫と他の悪性腫瘍を鑑別することに困難を伴わないことが通常であり、本件において被告篠島が、本件腫瘍を転移性悪性腫瘍と判断したことは明らかに誤診である。仮に悪性腫瘍を疑診したとしても、造影CTの再読影、腹腔鏡下の肉眼的観察や腫瘍部位の生検などの病理的観察を施すべきだったのであり、その一挙手一投足を怠らなければ、本件腫瘍を悪性腫瘍と誤診することはなかった。現に、訴外医療法人手稲渓仁会病院において、本件腫瘍は良性の肝血管腫であるとの確定診断が困難を伴うことなく容易になされているのである。

(2) 抗癌剤使用の適応について

被告らの主張は、本件腫瘍が良性腫瘍であるか悪性腫瘍であるかの確定診断に至らない段階で、経過観察を兼ねて抗癌剤治療を行うことがあるとするものであるが、しかし、現在の臨床治療に照らせば、癌であるとの確定診断を行わずに抗癌剤の使用に至ることはあってはならないことであり、右被告らの主張は、抗癌剤の副作用を無視した暴論である(なお、被告中央病院において実施された抗癌剤治療は、抗癌剤の中でも極めて毒性の強いシスプラチン《商品名ランダ》を使用していることを含め、全身に抗癌剤を投与する本格的なものである。このことは、被告篠島において、既に原告の症状につき、遠隔移転性の改善の見込のない末期癌であるとの確定診断に至っていたことを示す証左である)。

2  因果関係

(一) 原告の主張

原告は、平成三年九月九日に誤診に基づく癌告知を受け、本格的な抗癌剤治療を施されたこともあいまって、死の恐怖と向かい合うことを余儀なくされ、重篤な心的外傷後ストレス障害に陥り、神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することのできない障害を被った(労働能力喪失率一〇〇パーセント、後遺障害別等級表[自賠法施行令二条]の三級三号に該当する)。右障害は、誤診に基づく癌告知時に症状固定の状態に陥り、その症状が重篤であるがゆえに平成六年一月二〇日において肝血管腫であるとの確定診断が下されたことによっても症状改善をみるに至っていない。

(二) 被告らの主張

神経系統の機能又は精神の障害の労働能力の喪失の認定に当たっては、精神神経科、脳神経外科、神経内科、眼科、耳鼻咽喉科などの専門医の診断が必要でありこれらの総合所見を要する。このことは心的外傷後ストレス障害に陥っているか否かの判断においても当てはまるべきものである。しかるに、原告が右のような専門医による診断を受けていないことは証拠上明白であって、原告の主張は何ら証明されていないといわざるを得ない。

3  損害の有無、数額

(一) 原告の主張

(1) 主位的請求

イ 逸失利益 二億一一一六万七〇〇〇円

前記のとおり、原告(昭和二九年一月七日生)の後遺障害は、後遺障害別等級表の三級三号に該当し、労働能力喪失率は一〇〇パーセントであるところ、その労働能力喪失期間は、誤診による癌告知(平成三年九月九日)当時の年齢三七歳から六七歳までの三〇年間である。ただし、原告は、雇用主の好意によって平成四年三月分までは、従来どおり給料を受領することができたところ、同年四月以降は本件医療過誤のために収入の途を絶たれた。よって、現実の原告の収入逸失期間は、年齢三八歳(正確には平成四年四月一日)から六七歳までの二九年間である。そして、本件医療過誤がなければ、原告は、事故前の現実の給与額(実績月平均額八六万九〇〇〇円)に相当する収入が見込まれた。したがって、原告の逸失利益を計算するに当たっての年間基礎収入は、一〇四二万八〇〇〇円と考えるのが相当である。これをもとに逸失利益を計算するに、平成八年一二月三一日現在で既発生の逸失利益は、計算式一のとおり四九五三万三〇〇〇円であり、平成九年一月一日以降の将来二四年分の逸失利益は、計算式二のとおり一億六一六三万四〇〇〇円であるから、これを合計して本件医療過誤による原告の逸失利益は、二億一一一六万七〇〇〇円となる。

計算式一:基礎収入(月平均額)×五七(月)=既発生の逸失利益

八六万九〇〇〇円×五七月=四九五三万三〇〇〇円

計算式二:年間基礎収入×就労可能年数×労働能力喪失率×新ホフマン係数=将来の逸失利益

1042万8000円×24年×1.00×15.500=1億6163万4000円

ロ 慰藉料 三〇〇〇万円

原告が、被告中央病院において誤診に基づく癌告知(余命一年ないし一年半との「死の宣告」)を受けたのは平成三年九月九日であり、右癌告知が誤りであることが判明したのは平成六年一月二〇日である。すなわち、原告は、誤診により八六五日間(二年四か月以上)もの長期間にわたり死と直面することを強いられた。原告は、癌告知により無限級数的に死亡に比肩すべき重篤な精神的苦痛を被り、しかも、過去においてはもちろんのこと、なお将来にわたり心的外傷後ストレスに苦しまなければならないのである。原告の極めて重篤な精神的苦痛に対する慰藉料は、三〇〇〇万円を下ることはあり得ない。

ハ 一部請求 七五三七万四一四九円

右イ、ロの合計二億四一一六万七〇〇〇円のうち七五三七万四一四九円を請求する。

ニ 弁護士費用 七五三万七四一五円

ホ 合計 八二九一万一五六四円

(2) 予備的請求

イ 逸失利益 六六三七万八五四二円

前記のとおり、原告(昭和二九年一月七日生)の後遺障害は、後遺障害別等級表の三級三号に該当し、労働能力喪失率は一〇〇パーセントであるところ、その労働能力喪失期間は、誤診による癌告知(平成三年九月九日)当時の年齢三七歳から六七歳までの三〇年間である。ただし、原告は、雇用主の好意によって平成四年三月分までは、従来どおり給料を受領することができたところ、平成四年四月以降は本件医療過誤のために収入の途を絶たれた。よって、現実の原告の収入逸失期間は、年齢三八歳(正確には平成四年四月一日)から六七歳までの二九年間である。そして、原告は、本件医療事故前に現実に稼働し、前記収入を得ていたのであるから、稼働能力及び稼働意欲も十分に有していたことは明らかである。したがって、原告の逸失利益を計算するに当たっての年間基礎収入は、いかに少なく見積もっても、各年(少なくとも前年)に対応する賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・女子労働者学歴計・全年齢平均賃金(以下「センサス賃金」という。)に相当する収入と考えるのが相当である。これをもとに逸失利益を計算するに、平成八年一二月三一日現在で既発生の逸失利益は、計算式一のとおり一五三一万八四四二円であり、平成九年一月一日以降の将来二四年分の逸失利益は、計算式二のとおり五一〇六万〇一〇〇円であるから、これを合計して本件医療過誤による原告の逸失利益は、六六三七万八五四二円となる。

計算式一:(平成四年度のセンサス賃金×二七五日/三六五日)+平成五年度のセンサス賃金+平成六年度のセンサス賃金+(平成七年度のセンサス賃金×二)=既発生の逸失利益

(三〇九万三〇〇〇円×二七五日/三六五日)+三一五万五三〇〇円+三二四万四四〇〇円+(三二九万四二〇〇円×二)=一五三一万八四四二円

計算式二:平成七年度のセンサス賃金×就労可能年数

×労働能力喪失率×新ホフマン係数=将来の逸失利益

329万4200円×24年×1.00×15.500=51060100円

ロ 慰藉料 三〇〇〇万円

ハ 一部請求 七五三七万四一四九円

右イ、ロの合計九六三七万八五四二円のうち七五三七万四一四九円を請求する。

ニ 弁護士費用 七五三万七四一五円

ホ 合計 八二九一万一五六四円

(二) 被告らの主張

原告が心的外傷後ストレスに該当することの立証は何らなされていないし、仮にこの点をおくとしても、交通事故の場合、死亡したとしても慰藉料の額が一八〇〇万円ないし二八〇〇万円にとどまることと比較すると、死亡していない原告についての慰藉料が三〇〇〇万円というのは過大にすぎる。

第三  争点に対する判断

一  争点1(責任原因)について

1  被告篠島の責任

(一) 原告の本件腫瘍は悪性腫瘍か。

本件腫瘍については、訴外手稲渓仁会病院の安藤精章医師が、腹腔鏡を用いて肉眼で観察した結果、肝血管腫に間違いない旨を確定診断している上(甲七一の5・14)、同病院で施行されたCT検査の結果(甲七一の2・12)、超音波検査の結果(甲七一の4・12・16)、MRI検査の結果(甲七一の12・19)は、いずれも本件腫瘍を肝血管腫とみて矛盾のない所見であった。これらによれば、安藤精章医師の診断に疑問をさしはさむ余地はなく、本件腫瘍は肝血管腫と認められ(甲一〇)、したがって、被告篠島が本件腫瘍を悪性腫瘍と診断したことは誤りであったと認められる。

(二) 被告篠島の過失

そこで、悪性腫瘍であると診断し、その旨原告に告知し、抗癌剤を投与した被告篠島の行為に過失があったか否かを検討することにする。

(1) 注意義務の内容

イ 本件では、注意義務を確定する前提として、海綿状肝血管腫と他の悪性腫瘍との鑑別診断が問題となるので、まず、海綿状肝血管腫と悪性腫瘍の鑑別上問題となる特徴を検討する。

海綿状肝血管腫は、腫瘍径が二から三センチメートル以下の場合には超音波で均一な高エコー、MRIのT2強調で著明な高信号域として検出され、脂肪変性を伴った肝細胞癌とはMRI像が異なる。大きくなると、内部に硝子化や繊維化を伴うため不均一になることもあるが、ダイナミックCTで腫瘍の辺縁から中心に向かって広がり、遅い相まで持続する造影効果が認められれば確診できる。また、肝動脈造影では造影剤のたまりがみられる。MRIのT2強調像における腫瘍と肝臓の信号強度の差や、緩和時間の一つであるT2値が血管腫と肝細胞癌との鑑別に有用である(血管腫で信号強度の差が大きく、T2値の延長がある)。

したがって、海綿状肝血管腫と他の悪性腫瘍との鑑別には、超音波検査、MRI検査、ダイナミックCT検査、血管造影検査を施行することが一般であった(甲一二、証人安藤精章)。

ロ  医師としては、患者の肝臓腫瘍について悪性腫瘍の疑いがあると判断した場合、専門医師に通常要求される各種の検査方法を駆使して真実悪性腫瘍であるかどうかを解明し、その結果に基づき適切な治療を実施すべき注意義務があるというべきである。

もとより、医師に対し、現在の医学において認められている可能な診断方法をすべて講ずるよう要求することは不可能であり、診断方法の選択については、いわゆる医師の裁量を否定することはできない。

しかし、その裁量も診断当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準によって画されているといわねばならないのであって、本件当時においても、右イのとおり肝血管腫と悪性腫瘍との鑑別診断に当たっては、超音波検査、MRI検査、ダイナミックCT検査、血管造影検査を施行することが一般であったことに照らせば、肝臓は、既に確実な診断が得られているなどの特段の合理的な理由のない限り、肝血管腫と他の悪性腫瘍との鑑別診断のためには、これらの検査を施行することを要求されていたというべきである。

(2) 被告篠島の診断・治療の経過

イ 被告篠島は、①原告を外来で診断した前仏医師から、肝臓に腫瘍があるところ、婦人科の手術をした既往歴を有している上、外来でのCT検査の結果、膵臓にもちょっと異常な影があることを考えあわせると、肝臓の腫瘍は転移性の悪性腫瘍であるらしい旨を申し送られていたこと、②被告篠島が外来でのCT検査の結果を検討したところ、肝臓に腫瘍があることが確認されたものの、膵臓の影は腫瘍像ではないという印象をもったこと、③被告篠島が原告を初めて診察した平成三年九月九日に、原告がベッドの上にうずくまるくらいの激烈な上腹部痛を訴えていたことを診断材料として、原告の激烈な痛みの原因が悪性腫瘍によるものだとすれば、大分進んだ時期のものであると判断し、肝臓に現に腫瘍が存在していることと考えあわせて、本件腫瘍を悪性腫瘍の肝転移(末期)と確定診断した。

被告篠島は、右のとおり本件腫瘍を悪性腫瘍であると診断した以後、右診断に従って抗癌剤の投与等を継続した(被告第一病院に移ってCT写真等の分析から血管腫を疑った以降も抗癌剤の投与等を継続した)ものであり、MRI検査、ダイナミックCT検査、血管造影検査などは最後まで実施しなかった(甲六の1ないし14、七の1ないし9、八の1ないし88、七〇の1ないし9、被告篠島、弁論の全趣旨)。

なお、被告篠島の供述中には、本件腫瘍が悪性腫瘍であるとの確定診断には達していなかった旨の右認定に反する供述部分が存在するが、確定診断に達しない段階で、患者に癌であることを告知することは考えがたいこと(証人安藤精章)に照らして、右供述は信用できない。

ロ 被告篠島が検査を尽くさなかったことに合理的理由が存するか

被告らは、被告篠島がダイナミックCT検査やMRI検査を実施しなかったことにつき合理的な理由が存在していたとして、①肝臓に複数の腫瘍が存在していたこと、②原告が頻回に疼痛を強く訴えていたこと、③本件腫瘍の超音波検査にあらわれたエコー像は、黒っぽいもので、定型的な肝血管腫の特長を備えないものであったことを指摘する。しかし、①については、複数の腫瘍があれば肝血管腫の可能性を除外するという判断に合理性はないこと(証人安藤精章)、②については、痛みの強さからは腫瘍の良性、悪性の判断はつかず(被告篠島)、痛みの強さは鑑別点になり得ないこと、③についても、肝血管腫がかなり大きくなった場合には、内部の性状の変化があるので必ずしもそれだけで肝血管腫を否定できるものではないこと(甲一二、証人安藤精章)に照らすと、被告らの主張する①ないし③の事実は、本件腫瘍を悪性腫瘍であると診断する決定的な鑑別点とはなり得ないから、被告篠島が右各検査をしなかったことについての合理的な理由の存在を基礎づけるには足りないというべきである。

ハ  他方、ダイナミックCT検査やMRI検査を実施すれば、ほとんどの場合、肝血管腫と悪性腫瘍の鑑別がつくと認められるので(証人安藤精章)、被告篠島が、これらの検査を怠らなければ、本件腫瘍が血管腫であるとの診断をすることができたと認められる。

したがって、被告篠島は、本体腫瘍が悪性腫瘍であるか否かを診断するに当たっては、MRI検査、ダイナミックCT検査、血管造影検査など医師に通常要求される検査を施行すべきであったのに、これを怠り、原告の疼痛に気をとられるあまり、安易に本件腫瘍を悪性腫瘍であると確定診断(誤診)した過失があるというべきであり、右誤診に基づき、原告に対し癌告知をし、抗癌剤の投与を継続したことによって原告に生じた損害を賠償すべきである。

(三)  ところで、被告らは、腫瘍の良性・悪性の確定が得られない場合は、これを良性として放置するより悪性として治療し、その経過及び結果により逆に悪性を否定するという診断法(治療を兼ねる)は、以前から確立された治療方法であり、被告篠島の原告に対する治療行為は、この治療方法に従ったものであると主張するが、そもそも本件は、必要な検査を尽くせば本件腫瘍が良性の腫瘍であることを確定診断し得たのに、必要な検査をせず、悪性腫瘍と誤診したものであるから、被告らの主張は前提を異にし、採用できない。

2  被告第一病院及び同中央病院の責任

(一) 被告第一病院及び同中央病院は、同篠島の使用者であるから、同人がその被用者としての地位で行った不法行為につき、民法七一五条一項に基づき、同人と連帯して原告に生じた損害を賠償すべきである。

(二) ところで、原告は、同人に生じた全損害につき被告らは連帯して賠償すべきであると主張する。そこで検討するに、患者が独立した複数の医療機関において診療を受け、各医療機関において診療上の過誤があって患者に損害が発生した場合、各医療機関相互に共同不法行為の成立を肯定し得る事情の存する場合は別として、各医療機関は自らの診療上の過誤に基づいて患者に発生した損害を賠償すれば足りると解するのが相当である。けだし、異なる医療機関における医療行為は、基本的にそれぞれ異なる医師の独自の判断と責任において行われるものであるから、原則として、前医が後医の医療行為によって生じた医療過誤について責任を負うことはあり得ないし、逆に、後医が前医の医療行為によって生じた医療過誤について責任を問われることがあってはならないからである。そして、本件において共同不法行為の成立を肯定するに足りる事情を認めるに足りる証拠はないから、原告の主張は採用できない。

二  争点2(因果関係)及び同3(損害の有無、数額)について

1  原告の被った損害(弁護士費用相当損害金を除く)

(一) 逸失利益について

(1) 労働能力喪失の有無、程度

イ 後遺障害の有無、程度

(a) 原告の現在の症状

原告本人尋問の結果及び証人安藤精章の証言によれば、原告は、現在、断続的に全身の痛み、めまい、体のむくみが持続している旨を訴えて訴外手稲渓仁会病院に通院しており、買い物や病院に行くとき以外はほとんど離床することがない(起きているのは、普通は一、二時間くらい、最高でも八時間くらいである)と認められる。なお、原告の右症状を詐病であると認めるに足りる証拠はなく、右認定に反する証拠は存しない。

(b) 原告の現在の症状の原因

原告本人は、同人の右症状の原因について、癌告知を受けたことによる心の痛みによって生じたものではなく、抗癌剤の投与の副作用によるものと理解していることがうかがわれるが(原告本人)、客観的には、抗癌剤の副作用はそれほど長く持続するものではないことから、抗癌剤の副作用が原告の右症状の原因をなしているとは認められない(証人安藤精章)。証人安藤精章は、原告の右症状の原因について、原告は以前に婦人科の手術をしているので、術後の創の癒着があって腸の痛みが出ているものと推測されるが、基本的には精神面の問題が大きい旨を供述している。原告は、悪性生理痛による卵管卵巣腫瘍により卵巣、子宮の各摘出手術を受けていること(原告本人)、原告の膵臓に腫瘍が発見されていないこと(甲七一の4、16)、肝血管腫は一般的には痛みを伴う腫瘍ではないこと(証人安藤精章)がそれぞれ認められる。これらを総合すれば、原告には以前から婦人科手術後の創の癒着により腹部に痛みが生じていたが、これを原告が抗癌剤投与の副作用が持続しているものと誤解したことによって、右腹部の痛みが増悪、固定化し、さらに全身の痛み、めまい、体のむくみを招来したものと理解するのが相当である。

(c) 結論

原告の現在の症状は、癌告知により受けた心因性の障害により労務遂行の持続力が著しく減退した状態にあるというべきであり、後遺障害別等級表の五級二号(労働能力喪失率七九パーセント)に該当すると認められる。

ロ 癌告知後の労働能力喪失

前提となる事実記載のとおり、原告は、平成三年九月九日、「肝臓に癌がある。膵臓の部分が原発なのか、以前の卵巣腫瘍からの転移かは分からない。今後、開腹手術をしても延命、肝癌の改善はあまり期待できない。一概には言えないが抗癌剤治療を行えば、一年半から二年は生きられる」旨の癌告知を受け、その後、平成六年一月二〇日、「これは肝血管腫という良性腫瘍で、切除の必要もなく、放置しておいてよい腫瘍である」旨の説明を受けたものと認められる。

人は余命幾ばくもないという重圧のもとでは労働に努めることは期待できず、原告がこの期間、何ら収入を得る努力をしていなくとも責められるべきでないから、癌告知後、良性腫瘍と判明するまでの期間、原告の労働能力は一〇〇パーセント喪失していたとみるのが相当である。

他方、癌告知によって余命いくばくもないという重圧のもとで労働能力を定全に喪失したとしても、精神に不可逆的な障害を被っていない限り、癌でないことが明らかになった後は、長くとも一年以内に通常の生活に戻れるのが一般である(証人安藤精章、弁論の全趣旨)。原告が癌告知によってその精神に不可逆的な障害を負ったものと認めるに足りる証拠は存しないので、良性腫瘍であることが原告に明らかになった後一年を経過した日までに原告に生じた労働能力の喪失に限って、本件医療事故と間に相当因果関係のある損害というべきであるが、前記二1(一)(1)イ(後遺障害の有無、程度)に認定したところに照らして、この間の労働能力喪失の程度は、少なくとも七九パーセントとみるのが相当である。

もっとも、前記二1(一)(1)(b)認定のとおり、原告には以前から婦人科手術後の創の癒着に由来する腹部の痛みが存在していたと認められるところ、これにより一定の労働能力の喪失がもともとあったというべきである。抗癌剤治療を受ける前の腹部の痛みの程度は、間欠的であれ、時に非常に激しい痛みを訴えることもあったというのであるから(乙ロ一の1、被告篠島)、その労働能力喪失の程度は一〇パーセントとみるのが相当である。

したがって、癌告知と相当因果関係を有する労働能力喪失の程度は、癌告知後良性腫瘍と判明するまでの期間については九〇パーセント、良性腫瘍と判明した後については六九パーセントであると認められる(良性腫瘍と判明した後の労働能力喪失期間は一年間である)。

(2) 逸失利益算定の基礎収入

甲第七五ないし七七号証によれば、原告は、平成元年から平成三年三月頃まで、兄の経営する電気工事会社の監査役兼従業員として勤務し、月額二五万円ないし三〇万円くらいの収入を得ていたこと、同年六月から、兄が経営者となって新たに開店したスナックで従業員(ママ)として勤務し始め、月額約七三万円の給料を支給されていたこと、同年九月九日に被告中央病院に入院するに至ったものの平成四年四月まで給料として毎月約七三万円を支給されていたことがそれぞれ認められる。

しかし、原告の勤務していたスナックは、同人が被告中央病院に入院するに至った平成三年九月当時、開店してから未だ四か月程度しか経っていなかったこと、被告が入院してからは代理のママを雇ったにもかかわらず、翌年五月には閉店するに至ったこと(甲七五)に照らせば、本件医療事故がなかったとしても、原告が同スナックの従業員として月額約七三万円の収入を将来にわたって得続けることができた蓋然性は乏しく、これを逸失利益算定の基礎収入とすることはできない。

原告は、従前の就業状況にかんがみると、稼働能力及び稼働意欲を十分に有していたことは明らかであるから、本件医療事故がなければ、少なくとも、各年に対応する賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・女子労働者学歴計・全年齢平均賃金(センサス賃金)に相当する収入を得たものと認めるのが相当である。

なお、平成四年度のセンサス賃金は、三〇九万三〇〇〇円、平成五年度のセンサス賃金は、三一五万五三〇〇円、平成六年度のセンサス賃金は、三二四万四四〇〇円である。

(3) 結論

本件医療事故による原告の逸失利益は、次の計算式のとおり、合計七三三万五四一六円である。

計算式:平成四年度のセンサス賃金×(二七五日/三六五日)×九〇%+平成五年度のセンサス賃金×九〇%+平成六年度のセンサス賃金×(二〇日/三六五日)×九〇%+平成六年度のセンサス賃金×六九%=逸失利益

三〇九万三〇〇〇円×(二七五日/三六五日)×九〇%+三一五万五三〇〇円×九〇%+三二四万四四〇〇円×(二〇日/三六五日)×九〇%+三二四万四四〇〇円×六九%=七三三万五七一一円(円未満切り捨て)

(二) 慰謝料について

前記の本件医療事故の経過によれば、原告は、被告篠島の過失により誤った癌告知、抗癌剤投与を受けるとともに、約二年四か月もの期間にわたって死に直面し続けたことにより精神的苦痛を味わったことは容易に推測でき、被告らは、この原告の精神的苦痛に対して慰藉料を支払うべきであり、右に対する慰藉料は三〇〇万円が相当である。

2  被告各人の賠償すべき損害額

(1) 被告篠島

イ 逸失利益及び慰藉料の請求について

前記のとおり、原告には、逸失利益、慰藉料として、合計一〇三三万五七一一円相当の損害を被っているが、被告篠島はそのすべてを賠償する責任がある。

ロ 弁護士費用の請求について

本件の審理経過、事案の難易、弁護士費用以外の認容額に照らすと、弁護士費用としては、一〇三万三五七一円をもって本件医療事故と相当因果関係のある損害と認められる。

ハ 結論 一一三六万九二八二円

(2) 被告中央病院及び同第一病院

イ 寄与度

前記のとおり、被告第一病院及び同中央病院は、同篠島の使用者として、同人がその被用者としての地位で行った不法行為につき、その寄与度に応じて、民法七一五条一項に基づき、同人と連帯して原告に生じた損害を賠償すべきであるが、前記の本件医療事故の経過によれば、被告中央病院及び同第一病院の寄与度は、前者が八割、後者が二割とみるのが相当である。

ロ 被告中央病院

(a) 逸失利益及び慰藉料の請求について

前記のとおり、原告には、逸失利益、慰藉料として、合計一〇三三万五七一一円相当の損害を被っているが、被告中央病院はその八割を賠償する責任があるから、八二六万八五六九円(円未満四捨五入)を支払うべきである。

(b) 弁護士費用の請求について

本件の審理経過、事案の難易、弁護士費用以外の認容額に照らすと、弁護士費用としては、八二万六八五六円をもって本件医療事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(c) 結論 九〇九万五四二五円

ハ 被告第一病院

(a) 逸失利益及び慰謝料の請求について

前記のとおり、原告には、逸失利益、慰藉料として、合計一〇三三万五七一一円相当の損害を被っているが、被告第一病院はその二割を賠償する責任があるから、二〇六万七一四二円(円未満四捨五入)を支払うべきである。

(b) 弁護士費用の請求について

本件の審理経過、事案の難易、弁護士費用以外の認容額に照らすと、弁護士費用としては、二〇万六七一四円をもって本件医療事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(c) 結論 二二七万三八五六円(なお、遅延損害金の起算日は、不法行為日の平成四年六月二五日《原告と被告第一病院との間で診療契約が締結された日》であると認められる。)

(裁判長裁判官小林正 裁判官福島政幸 裁判官柴田誠)

別紙<省略>

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